こんにちは、108Hassiumです。
以前、こんな記事を書きました。
この記事の中で、「算術幾何平均」というものを紹介しました。
算術幾何平均
と
を以下の通り定義する。
このとき、
を
と
の算術幾何平均という。
ところで、平均値といえば算術平均と幾何平均に加え「調和平均」というものがあります。
調和平均
を
と
の調和平均という。
調和平均を使うと、算術幾何平均と同じように「算術調和平均」や「調和幾何平均」といったものも考えられ、それらは全てWikipediaの算術幾何平均のページで解説されています。
それを見て、ふと思いました。
「平均って他には無いの?」
他の平均があれば、それを使って算術ナントカ平均、幾何ナントカ平均、調和ナントカ平均といったものを考えることができます。
それらを具体的に求められるかは置いといて、「新種の平均」というもの自体考察のし甲斐がありそうなテーマです。
というわけで、いろいろな平均やその性質について考えました。
定義
まず、「平均」というものを厳密に定義します。
2変数関数について以下の性質が成り立つとき、
は「平均関数」であるとします。
1つ目の条件はと
について対称であること、2つ目は
が
と
の間にあることを表しています。
※今回は2変数の平均だけを扱います。
平均関数の作り方
続いて、新しい平均関数を作る方法を3つ紹介します。
合成平均
合成平均は、1変数関数と平均関数1個ずつから生成される平均関数です。
と
の合成平均を以下の通り定義する。
原理は以下の通りです。
(1) x軸上に点a、bをとる。
(2) y=f(x)によりaとbをy軸上に写す。
(3) y軸上の2点の平均をとる。
(4) f(x)で点をx軸上に戻す。
ちなみにWikipediaの「平均」のページには、を算術平均に固定したものが「一般化平均」という名称で載っています。
極限合成平均
極限合成平均は、2つの平均関数から作られる平均関数です。
と
の極限合成平均を以下の通り定義する。
例えば、
とすると、それらの極限合成平均は算術幾何平均になります。
操作平均
操作平均は、2変数関数から生成される平均関数です。
の操作平均を以下の通り定義する。
ただし、
は
の逆関数である。
操作平均は、平均そのものの存在意義と深く関わっています。
平均値という値は、「複数の異なる値がある状態」を「同じ値が複数個ある状態」と同一視するためにあるものと解釈できます。
例として、10kgの荷物と20kgの荷物が1個ずつある状況を考えます。
2つの荷物の重さの合計は30kgですが、これは「15kgの荷物2個の重さ」と同じ値です。
いま、「10kgの荷物と20kgの荷物」と「15kgの荷物2個」を「重さの合計」という値を介して同一視しました。
これこそが「平均をとる」という行為です。
では、別の例として「服用すると感覚器官からの信号強度が倍になる薬」(以下、感度
倍薬)というものを考えます。
そして、感度900倍薬と感度10000倍薬がある状況を考えます。
900と10000の算術平均は5450ですが、これは「感度900倍薬と感度10000倍薬の平均」として適切でしょうか?
先程の荷物の話と同様に考えると、この疑問は「『感度900倍薬と感度10000倍薬1つずつ』と『感度5450倍薬2つ』を同一視できるか」と言い換えることができます。
2つの薬を一緒に飲んだとすると、感覚器官からの信号強度は「900倍と10000倍」の場合は9000000倍*1、「5040倍が2つ」の場合は25401600倍になり、大きく異なった値となります。
薬(の組み合わせ)を同一と見做すなら、薬の効果も同じである方が自然であるように思えます。
ということは、この場合の平均はを満たす
とする方が自然、つまり幾何平均の方がよいという事になります。
荷物の例では2数の和を通して同一視をしましたが、感度倍薬の例では積で同一視しました。
このように、平均をとるときの着眼点はデータの種類によって異なり、それによって使用すべき平均関数も異なります。
操作平均は、同一視する際の基準となる操作(算術平均なら、幾何平均なら
)を
とし、
が成り立つような平均関数を表します。
計算例
まず、いくつかの具体例を計算してみましょう。
合成平均
、
調和平均は「逆数の算術平均の逆数」と説明されることが多いですが、それはつまり「調和平均は逆数関数と算術平均の合成平均」という意味に他なりません。
、
幾何平均は、対数関数から生成されるようです。
、
この平均関数には「二乗平均平方根」という名前があり、物理学や工学で様々な応用をもつそうです。
極限合成平均
先述の記事を読むとわかりますが、極限合成平均の厳密な式を求めるのは(今の私には)不可能です。
しかし、実は「と
から
を求める」ことならできます。
例として、としたときに
になるような
を求めます。
まず、の定義から
が成り立たなければなりません。
、
なので、(1)式の右辺に代入すると
となります。
、
と定義したので、(2)に代入します。
あとは(3)をについて解けば終わりです。
ちなみにこの場合、は調和平均になり、wikipediaの算術幾何平均のページの内容と一致します。
操作平均
調和平均は、「逆数にして足す」という使い方をする値(速度や濃度)のための平均関数のようです。
二乗平均平方根は、「2乗して足す」という使い方をする値のための平均関数のようです。
・・・そんな物理量ある?
考察
自由度
合成平均について、以下の例を計算してみましょう。
、
幾何平均が対数関数と算術平均の合成平均であることは先ほど示しましたが、違う関数を算術平均と合成しても幾何平均になりました。
実は、算術平均を使った合成平均について以下の式が成り立ちます。
(算術平均の)合成平均の自由度定理
が算術平均であるとき、任意の実数
、
(
)について以下の式が成り立つ。
ただし、'
'は合成平均を表す演算子。
先程の例は、として
、
としたものです。
証明は簡単で、式通りに計算するだけです。
まず、の逆関数は
と表せます。
よって、と算術平均の合成平均は以下のようになります。
大小関係
平均値といえば、この定理を思い浮かべる人も少なくないと思います。
算術平均と幾何平均の大小関係
この関係は、実は合成平均の考え方を使うことで視覚的に説明できます。
上の図の各要素は、
- 赤い曲線:対数関数のグラフ
- 青い斜めの線:
と
を通る1次関数
- 赤と青の垂直の線:「対数関数と1次関数にそれぞれ算術平均を合成した平均関数の値」
を表しています。
対数関数と算術平均の合成平均は幾何平均であり、また1次関数と算術平均の合成平均は必ず算術平均になります。*2
そして、対数関数と1次関数のグラフの位置関係から、算術平均の方が常に右側に来ることが分かります。
この考え方は、他の合成平均に対しても適用可能です。
一般的に、グラフの形状が「急上昇型」または「急降下型」である関数の合成平均は算術平均より大きく、「緩上昇型」「緩降下型」は算術平均より小さくなります。
同様に、グラフの形状を比較することで算術平均以外の平均関数の大小関係も判定することができます。
結合法則
平均の合成を複数回計算する場合について、こんな定理を発見しました。
合成平均の結合法則
ただし、右辺の左側の'
'は1変数関数の合成を表す。
例えば調和平均はと算術平均の合成平均なので、「
と調和平均の合成平均」と「
と算術平均」は同じ平均関数になります。
自由度の定理と同様に、この定理も簡単な計算で証明できます。
まず、左辺を計算します。
次に右辺を計算します。
以上より、が成り立つことが分かります。
この定理を使うと、算術平均以外の平均関数に関する自由度定理を導くことができます。
例として、調和平均版の自由度定理を導出します。
まず、と調和平均の合成平均は
(M(a,b)は算術平均)と表せます。
結合法則の定理を使うと、この合成平均はと等しいことが分かります。
ここで、に2つの自由度を加えた
という関数を考えます。
調和平均の自由度定理を導出するには、を満たす
を求めればいいことになります。
算術平均の自由度定理より、任意の定数、
について
が成り立ちます。
よって、が成り立てば
も成り立つことが分かります。*3
あとはを整理すれば、調和平均の自由度定理が導出できます。
調和平均の自由度定理
が算術平均であるとき、任意の実数
、
について以下の式が成り立つ。
感度
倍薬の恐怖
平均関数とはあまり関係ない話ですが、感度倍薬について気付いたことがあるので書きます。
まず、感度倍薬は全て同じ成分からなり、効き目の強さ(
の大きさ)は有効成分の量で決まると仮定します。
そして、有効成分の量をとしたときに
が成り立つような関数
について考えます。
操作平均の説明の中で「感度倍薬と感度
倍薬を飲むと感度が
倍になる」と仮定しましたが、これを
で表すと
という式になります。
この等式、何かに似ていると思いませんか?
そう、指数法則です。
としたとき、
が成り立ちます。
ということは、感度倍薬は有効成分の量を増やすと指数関数的に効き目が強くなるという事になります。怖。
疑問
真・自由度定理
自由度定理は「異なる関数が同一の合成関数になる例」を表す定理ですが、これはあくまでも十分条件であって必要条件かどうかは不明です。
つまり、という形で表せないのに
となるような関数
が存在する可能性があります。
疑問1:
という形で表せないのに
となるような関数
って存在するの?
極限合成平均の対称性
まずは以下の図を見てください。
この図は算術平均、調和平均、幾何平均の極限合成における関係を表した図です。
「算術平均と調和平均を極限合成すると幾何平均になる」という既知の情報に加え、「幾何平均と何を合成したら算術平均になるか」等の情報が含まれています。
図中では各平均関数は線対称に配置されていますが、よく見ると「ある平均関数を逆数にしてを掛けると、反対側の平均関数になる」という性質があることが分かります。
例えばを逆数にして
を掛けると
になりますし、
を逆数にして
を掛けると
になります。
疑問2:この性質って偶然?
疑問3:要素の数を増やしても対称性は保たれるの?*4
疑問4:初期条件を変えても似たような対称性が発生するの?*5
ついでに、これも気になりました。
疑問5:
、
、
、
ってどういう平均関数?
極限合成平均とは対照的に、合成平均と操作平均について生成された平均関数から生成条件を逆算する方法は今のところ不明です。
よって、上記の平均関数がどんな関数から生成されるか、どんな操作で同一視するのか等はわかりません。
対数平均
wikipediaでこんなページを発見しました。
ja.wikipedia.org
のことを対数平均と呼ぶそうです。
対数平均は微分や積分から生まれた平均関数のようですが、合成平均や操作平均ではどのように解釈されるのか気になります。
疑問6:
が成り立つ
って何?
疑問7:対数平均って何の操作平均?
最後に
さて、いかがでしたでしょうか。
普段何気なく使っている数学的概念も、ちょっと奥に踏み込んでみればまだ見ぬ景色が広がっているんだなぁってことを感じていただければ幸いです。
最後に、この記事を書いている途中で衝撃を受けた事実を一つ紹介します。
https://dic.pixiv.net/a/%E6%84%9F%E5%BA%A63000%E5%80%8D
事実:「感度3000倍」の元ネタは薬ではない
*1:感度x倍薬と感度y倍薬を飲んだら感度がxy倍になると仮定しています。
*2:f(x)=xと算術平均の合成平均は算術平均であり、先程の自由度の定理よりg(x)=cx+dも同じ合成平均を生成します。
*3:逆はおそらく成り立たちません。
*4:例えば「a+b-√(ab)と合成して(a²+b²)/(a+b)になる平均関数」等を追加して比較することも考えましたが、計算が面倒臭すぎて諦めました。なお、wikipediaいわく算術幾何平均AGM(a,b)と調和幾何平均HGM(a,b)も同じ対称性を持つようです。
*5:先程の図は算術平均と調和平均を中央に配置してその周りに他の平均関数を配置しましたが、幾何平均とa+b-√(ab)に変えたらどうなるか、という意味です。