昔々、人里離れた山奥におじいさんが住んでいました。
ある冬のことです。
おじいさんは、町へ笠を売りに行きました。
しかし笠は少ししか売れず、おじいさんは売れ残った可算無限個の笠を持って雪の降りしきる山道をとぼとぼと歩いて帰りました。
そんなおじいさんの目に、道に沿って並んだ無限体の地蔵が飛び込んできました。
「なんということじゃ、体のお地蔵様が寒そうにしているじゃないか。」
おじいさんは地蔵1体ずつに対して、持っていた笠を1つずつ被せていきました。
全ての地蔵に笠を被せ終わると同時に手持ちの笠は尽き、おじいさんはまた山道を歩きだしました。
次の日、またおじいさんは笠を売りに出かけました。
しかし笠は少ししか売れず、おじいさんは売れ残った可算無限個の笠を持って雪の降りしきる山道をとぼとぼと歩いて帰りました。
そんなおじいさんの目に、道に沿って並んだ無限体の地蔵が飛び込んできました。
しかも昨日とは違い、無限体並んだ地蔵たちの後ろに隠れるように、もう1体の地蔵が立っているではありませんか。
「なんということじゃ、体のお地蔵様が寒そうにしているじゃないか。」
おじいさんはまず、後ろに立っている地蔵に笠を被せました。
そして、手元に残った可算無限個の笠を残りの地蔵にかぶせていきました。
全ての地蔵に笠を被せ終わると同時に手持ちの笠は尽き、おじいさんはまた山道を歩きだしました。
奇妙な満足感を胸に、おじいさんは軽快な足取りで家へと向かいました。
次の日、またおじいさんは笠を売りに出かけました。
しかし笠は少ししか売れず、おじいさんは売れ残った可算無限個の笠を持って雪の降りしきる山道をとぼとぼと歩いて帰りました。
そんなおじいさんの目に、道に沿って並んだ無限体の地蔵が飛び込んできました。
しかも昨日とは違い、無限体並んだ地蔵たちの後ろに、もう1列無限体の地蔵が並んでいるではありませんか。
「なんということじゃ、体のお地蔵様が寒そうにしているじゃないか。」
おじいさんは、前の地蔵と後ろの地蔵に、1体ずつ交互に笠を被せていきました。
1つ目は前側の1番目に、2つ目は後ろ側の1番目に、3つ目は前側の2番目に、4つ目は後ろ側の2番目に。
個目の笠は前側の
番目の地蔵に、
個目の笠は後ろ側の
番目の地蔵に。
こうして全ての自然数に対して、
個目の笠が
体の地蔵1体1体にかぶせられていきました。
全ての地蔵に笠を被せ終わると同時に手持ちの笠は尽き、おじいさんはまた山道を歩きだしました。
月はまだ高く、木々の隙間からおじいさんを照らしていました。
次の日、またおじいさんは笠を売りに出かけました。
しかし笠は少ししか売れず、おじいさんは売れ残った可算無限個の笠を持って雪の降りしきる山道をとぼとぼと歩いて帰りました。
そんなおじいさんの目に、道に沿って並んだ無限体の地蔵が飛び込んできました。
しかも昨日とは違い、横に並んだ無限体の地蔵の列が、後ろの方へ無限に続いているではありませんか。
「なんということじゃ、体のお地蔵様が寒そうにしているじゃないか。」
おじいさんは、角の位置にいる1体から順番に、正方形を描くように笠を被せていきました。
4つの笠で2×2の正方形を作り、その正方形の辺をなぞるようにして3×3の正方形に。3×3の正方形の辺をなぞるようにして4×4に。
の正方形の辺をなぞるようにして
に。
こうして全ての自然数に対して、
個目の笠が
体の地蔵1体1体にかぶせられていきました。
全ての地蔵に笠を被せ終わると同時に手持ちの笠は尽き、おじいさんは家族の待つわが家へと歩きだしました。
「わしに家族なんて、いたじゃろうか...?」
「いってらっしゃい。」
おばあさんに見送られ、またおじいさんは笠を売りに出かけました。
しかし笠は少ししか売れず、おじいさんは売れ残った可算無限個の笠を持って雪の降りしきる山道をとぼとぼと歩いて帰りました。
そんなおじいさんの目に、道に沿って並んだ無限体の地蔵が飛び込んできました。
しかも昨日とは違い、水平方向に無限体×無限体に並んだ地蔵の群れが、真上方向にも無限に積み重なっているではありませんか。
「なんということじゃ、体のお地蔵様が寒そうにしているじゃないか。」
次元が上がっても、やることは同じです。おじいさんは、角の方から順に笠を被せていきました。
次の日も、その次の日も、おじいさんは地蔵たちに遭遇し続けました。
地蔵の数は、日に日に増え続けました。
体、
体。
それでもおじいさんのすることは同じでした。
体、
体、
体。
売れ残った可算無限個の笠を全ての地蔵に被せ、月明かりに照らされながら帰っていきました。
そんな日々が続いたある日のことです。
おじいさんの目に、身体の中央部のみを真横に引き伸ばしたような奇妙な地蔵が飛び込んできました。
おじいさんはしばらく考え込み、そして叫びました。
「なんということじゃ、区間に含まれる実数の個数と同じ数のお地蔵様が寒そうにしているじゃないか。」
おじいさんは意気揚々と笠を被せ始めましたが、やがて手を止めてしまいました。
「区間に含まれる実数の個数と同じ数のお地蔵様に、可算無限個の笠を被せるなんてことができるのじゃろうか?」
おじいさんは考えました。
もしの実数に対して1個目、2個目、3個目・・・と笠を被せていったとすると、笠を被せていった実数を1個ずつ、1列に並べた表をつくることができるはずです。
そして、並べた番目の実数の小数点以下
桁目の値を並べた実数
をつくることができます。
そして、の小数点以下の全ての桁の値を1ずつずらした
も作ることができます。
この実数は区間
に含まれますが、表の
番目の要素に対して
桁目の値が必ず異なるため
は表には含まれていません。
このことはに含まれる実数からなる表には必ず「抜け」が存在する、つまり区間
に含まれる実数の個数と同じ数のお地蔵様に可算無限個の笠を被せることはできないという事を意味します。
「なんじゃ、つまらん。」
おじいさんは、すでに被せていた笠を回収して吹雪の中へと歩きだしました。
その晩、おじいさんは奇妙な夢を見ました。
おじいさんは、たくさんの地蔵にひたすら笠を被せていました。
しかし、被せ終わったと思っても気付いたら手元には可算無限個の笠があり、目の前には前よりも多くの地蔵が現れ続けるのです。
体、
体、
体。
地蔵はどんどん増え続けます。
体、
体、
体。
体、
体、
体。
体、
体、
体。
翌朝、おじいさんは目を覚ましませんでした。
「なんじゃ、つまらん。」
おばあさんだったものが、笠を一つ持って家から出ていきました。